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2001/04/01 日経VENTURE “関満博が見たモノづくり革新企業”

下記、日経VENTUREより抜粋
「薄板金属加工のコンビニ」を宣言。独自の加工法を追求し、世界一の試作加工メーカーへ

約10年前までは、大企業の下請けの「普通のプレス屋」にすぎなかった。それが、「薄板金属加工のコンビニ」という“新業態”を打ち出して以降試作加工分野における革新者として広く注目を集めるようになった。同社を率いる二代目社長が目指すのは、世界一の試作加工メーカーだ。
 京都といえば、京セラ、堀場製作所、ローム、日本電産など、世界に通用する実力を持つ個性的なメーカーが次々に生まれる土地として、各方面から不思議がられている。夏暑く、冬寒く、そして部外者に対し閉鎖的な土地柄が、人々に反発のエネルギーを蓄積させていくのかもしれない。
 
●社名の由来はお稲荷さん
 その京都に、「薄板金属加工のコンビニ」を標榜する最上インクスという中小企業がある。「もがみ」かと聞くと、そうではない。「さいじょう」なのだ。創業者、二代目ともに鈴木姓であり、もとより最上川とは縁もゆかりもない。先代が信奉していた岡山県の最上稲荷が社名の由来という。
 私が特別顧問という役職を拝命している経営者の勉強会に、「次世代経営研究会」がある。メンバーはキメラ(北海道室蘭市)の宮崎秀樹氏、サイベックコーポレーション(長野県塩尻市)の平林健吾氏、高木製作所(名古屋市)の高木龍一氏、西原金属工業(大阪府豊中市)の小西敏夫氏、そして、最上インクスの鈴木三朗氏の5人である。
 いずれも日本でトップレベルの実力を持つプレス金型系の中小企業であり、それらを率いる5人の経営者は、この業界では知らぬ者がない個性派ぞろいだ。私のほかには、シャープの副社長だった佐々木正氏などが顧問に就いており、ほぼ1カ月に1回のペースで会合を開いている。私も時々、研究発表をするが、相当に先鋭的な内容でないと相手にしてもらえないほどだ。
 こうした付き合いを重ねていくと、相手の細かな事情には妙に詳しくなるが、逆に、基本的な事情については「いまさら聞くわけにもいなかい」という状況になりかねない。私にとって、最上インクスはそんな存在だった。そこで、この連載を理由に、鈴木氏からいま一度、会社の全体像について説明を受けるべく、京都に向かった。
 JR京都駅からタクシーで約10分、京都リサーチパーク(KRP)を過ぎると間もなく、周囲をマンションに囲まれた三階建ての社屋が見えてくる。一階には比較的大きなプレス機が置いてあり、二階が事務所と開発部門、三階に金型、小物のプレス、レーザー加工などの職場が配置されている。
 工場としては少々窮屈なこの立地条件が、最上インクスの事業展開に大きな影響を与えている。「大物はやらず、中小物に限定する。生産数量は一個から数万個まで、月産数十万個といった仕事は受けない」。これが同社の基本方針だ。この枠内で、他社にはない独自の付加価値を顧客に提供しようと努めてきた。
 例えば、金型のカセット化。事前にあらかたつくっておいた金型に、顧客の要求仕様に応じて新たに作製した部分をカセットのように組み付ける。試作用の金型といっても、開発段階に近い試作か、量産段階に近い試作かによって、求められる耐久性やコスト、納期は全く異なってくる。そうした顧客の要望に自在に応じられる点が最大の特徴だ。
 電子・通信機器の分野では、激しい開発競争が繰り広げられ、試作段階での時間短縮が重要なファクターになっている。最上インクスは、5年ほど前から試作に重心を移してきており、2000年3月期の売上高は6億7000万円に達した。その後、顧客からの引き合いがさらに増え、月間売上高はいま1億円前後の水準で推移している。
 最上インクスのこうした躍進の背景には、同社の創業者であり、鈴木氏の父親でもある先代が残した言葉がある。「商売をするには、まずお客さんの信頼を得ることが大切。そうすれば自然に信用がついてくる」。これが薄板金属加工のコンビニを標榜する最上インクスの基本になっているようだ。
 
●高校卒業後すぐ常務に就任
 先代の鈴木嘉行氏が、京都の自宅の離れで金属加工の下請けを始めたのは1950年。保有設備はプレス1台、ケトバシ(フットプレス)3台だった。その後、元請けの鉄工所が倒産。新たな取引先を必死に探す中で、立石電機(現・オムロン)から仕事をもらうことができた。それを確実にこなすことで、少しずつ信頼を獲得していった。
 先代は、息子3人、娘3人の子だくさんだったが、長男と次男が家業を継ごうとしなかったので、6人中5番目で三男の鈴木氏を後継ぎとして育てようとした。当時、鈴木氏は高校を卒業したばかりで、社会人としての経験はわずか1カ月しかなかった。その鈴木氏を就職先の電線卸会社から呼び戻し、同業者との共同出資で始めたアッセンブリー工場の常務に据えた。
 
●異業種交流で強い刺激
 常務といっても、実質的に経営者の役割を担わされていた鈴木氏は、21歳の時、名実ともに社長となる。15人ほどの従業員の生活を預かり、営業から経理まですべてをこなさなければならなかった。「信用もなく、仕事も取れず、6年間、いくら働いても儲からなかった」と当時を振り返る。その後、最上インクスに戻った鈴木氏は、「こちらの仕事はなんて楽なんだ」と感じたという。
 最上インクスは、オムロンや村田製作所の成長に引きずられるようにして、着々と事業基盤を固めていった。85年には、現在の場所に新工場を建設し、鈴木氏が二代目社長に就任。85年といえばプラザ合意の年であり、この時期を境に生産拠点としての日本は急速に競争力を失っていく。鈴木氏は異業種交流会などに参加し、新たな可能性を模索せざるを得なかった。
 その頃、次世代経営研究会のメンバーと知り合い、独創的な考え方に圧倒されたという。「彼らに負けたくない」と日夜考え、「日本には試作しか残らない、徹底的に試作をやろう」という結論に達した。それを周知徹底するため、「薄板金属加工のコンビニ」という明確な企業理念を打ち出した。展望もなく、目の前の仕事をこなすだけの日々を過ごしたかつての経験からか、鈴木氏はこの点に強いこだわりを見せる。
 「現在の課題は何か」と鈴木氏に尋ねると、「次の世代の育成」という答えが返ってきた。鈴木氏にも3人の息子がいる。長男は米国に2年半ほど修業に出した。次男はよその会社に勤務中だ。18歳の三男は、自分の意思でベトナムに留学中という。米国と日本とアジアで彼らは何を見たのか。
 「世界一の試作加工メーカーになる」という同社の究極の目標は、まさに次の世代へと引き継がれようとしている、と私は感じた。

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◆関満博(せき・みつひろ)
一橋大学大学院商学研究科教授。1948年富山県生まれ。成城大学大学院卒業後、東京都商工指導所で中小企業を経営指導。東京情報大学助教授、一橋大学商学部教授を経て、2000年4月から現職に。著書に「新「モノづくり」企業が日本を変える」などがある。

 
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